当院の持つ特徴の一つに「高齢者医療」があります。
本ページでは、当院における85歳の看護師の記述したレポートを紹介いたします。
たとえ高齢であっても、個々人の状況によって、職業的専門家として充分に勤務し得る事がご理解いただけるかと思います。彼女は、病棟において口腔ケア専属として勤務を行っています。

プライバシー保護のため、原文をやや改変した部分がございます。また、意味の通りにくい部分もありますが、元来の趣旨を踏まえ、あえて手を入れずに掲載しておりますのでご了承下さい。ご高齢の方に配慮し、本ページのフォントは極力大きくしております。

(本レポートの一部は、大学看護学部の実習レポートの一部として利用されています)


看護実践を振り返って学んだこと ~患者の可能性を信じ、関わり続けて奇跡が起きた~ 看護師 中西

1.はじめに
 筆者は、約20年の准看護師に対する看護学校での教員生活の後、福祉専門学校・老健施設・有料老人ホーム等で勤務し、85歳の現在は一般病院で3回/週、モーニングケア担当看護師として患者に関わっている。
 4年前、一人の患者に出会った。意思の疎通はできず、いつも開眼し、唇を固く閉じて歯を食いしばり、傷ついた歯肉からの出血で、口唇には凝血が付着し、口腔ケアは困難を極めた。そんな患者に「快の刺激は脳に届く。意識がない人にも、心があることを信じて、その人の心に届くよう働きかけること」を心掛けて関わり続けた結果、3年目になって、私の声かけに対して、私をじっと見つめ、息を吐き出すように「ㇵッ、ㇵッ、ㇵッ」と返事のような患者の反応を確認することができた。
 そこで、この患者への口腔ケアの関わりを振り返って、自己の実践にどのような看護的な意味があったのかを考察し、学んだことを報告する。

2.病院・病棟の概要について
 腎透析センターを持つ122床の一般病院。勤務している病棟は57床で、入院患者は40~100歳代で腎機能障害・脳血管障害・悪性新生物等の患者が多い。(略)

3.患者に関わる時に心掛けていること
 教員時代の研修で薄井坦子先生(科学的看護論 他著者)の講義を受けた。そこで学んだことが次のように、教育や看護実践のベースになっていることを実感している。
 1)快の刺激は脳に届く。快の刺激を続けていると患者は変化する。
 2)聴力は死ぬまで残る。意識がない人にも、心があることを信じて、その人の心に届くよう働きかける。
 3)今日で、もう会えないかもしれないと一期一会を意識して全力で関わる。
 以上の理由から、患者との日々の関わりにおいては
 1) 手抜きを絶対にしない。
 2) 長く呼ばれてきたであろう呼び方や相性などを想像して名前を呼ぶ。(瞬目によっては反応する患者もいる)。
 3) 生活家庭の情報を手掛かりに幼少の頃を想像して話題にする。
 4) その日の天候や気象・ニュース・社会情報などを話題にする。
 5) 家族や本人があきらめてしまったとしても看護師として、絶対にあきらめない。
等を意識して患者に関わっている。

4.患者について 
 ABさん(仮名) 80歳 女性 
 XX年に慢性腎不全と診断され、K病院に入院。高血圧・脳梗塞後遺症による左半身麻痺と関節拘縮がある。K病院入院中のXX年に認知症が進行し、発語が減少したと記録に残っている。
 4年前の初夏、K病院より当施設に転院してきた。転院時は意思の疎通は不能。いつも口を固く閉じて食いしばっており、口の周囲には血液がついていたり、乾燥した血液が固まって口唇に付着していたりしていることが多い。 
 家族が「1日でも長く生きてほしい」と希望されて、XX年に当院で右上腕にシャントを造設し、以来週3回の血液透析が行われている。上・下顎に残根歯があり、歯を食いしばった時に出血がみられるため、XX+2年時に上顎2本、下顎2本を抜歯した。現在も上下臼歯の残根により出血がみられる。
 XX年+3年時、右上腕のシャント閉塞のため、長期留置型血液透析カテーテルが留置された。栄養は胃瘻によってメイバランス1パック200ml(400kcal)と水分100mlを朝・夕の2回摂取している。排泄はオムツ使用で排尿は1ヵ月に2~3回で合計30~150mlの排尿量であり、血液透析(3時間週3回)を受けている。一般状態を観察しながら、SpO₂ 90~95%以下で1~2L/分の酸素吸入(鼻腔カニューレ)の指示があり、実施している。残根歯による出血や唾液が口から流出するため、常時マスクを着用している。XX年になり医師から家族への病状説明の際、延命治療はしないとの確認がされていると記録されている。

5.関わりの実際について 
 1) ケアの開始前に挨拶をする。
 心に心地よく、Aさんに快適に届くように喜ぶと思われる呼び方で、姓・名前や愛称・フルネームで呼んで挨拶をする。
  「Aさん。AB。Bちゃん。おはようございます。今日もよろしくお願いします」と声をかけるとBさんは目を開けて私をじっと見るので、「Bちゃん、起きてくれたの?ありがとう。今からお顔を拭きましょうね。」と言う。
  次にAさんの心に届くことを願って、Aさんの心が動くような話題を選んで話しかける。
  「今日は〇月〇日です。〇曜日。晴れですよ。Bちゃん、今日はお誕生日、おめでとうございます。80歳になったんですね。」と言うとBさんが私の顔をじっと見たので、「良かったね」と再度声をかけた。
  このような関わりを続けてXX-2年目の頃には、名前を呼ぶと目を開けてくれるようになり、私が「今から歯磨きしましょうね。お口を開けてね。」と声をかけると、固く閉じていた顎関節を動かして口を開けてもらえるようになり、舌・口腔内のケアができるようになった。
 XX-1年、声掛け3年目になり、いつものように声をかけると、Aさんは目をしっかりと開けて私をじっと見つめ、息を吐き出すように「ハッ、ハッ、ハッ」、「ウッ、ウッ、ウッ」と反応してくれた。私が「ワァ、Bちゃん、挨拶してくれたの?聞こえたよ。返事してくれたのね。ありがとう。」と伝えるとAさんは「ウッ、ウッ、ウッ」と返事をしてくれた。この時、しっかりとAさんとの意思疎通・コミュニケーションが成立したことを確信し、嬉しく思った。
 最近は「Bさん。おはようございます。」と挨拶をすると、Aさんは目を開けて私をじっと見つめてくれる。Aさんの目はしっかりと焦点が合い、輝いているように見える。しかし、他の看護師の呼びかけでは反応しないという。看護師達からは「なぜ自分たちの声掛けにAさんは、反応してくれないのだろう。」と言う。

2) 顔の清拭と口腔ケアの実際について
 ケアは、快の刺激がAさんの脳にしっかりと届いてほしいと思い、気持ちがいいと感じてもらえるように、熱めの湯に浸したタオルをしっかり絞って準備する。ケアの終了時には必ず「ご協力ありがとうございました。きれいになりましたよ。」と声をかける。するとAさんは穏やかな表情で「ウッ、ウッ、ウッ」と返事をしてくれる。
 顔面・頸部・耳介部の清拭は、Aさんにしっかりと温かさが伝わるように40~43℃くらいのタオルで顔面の全体、耳介、頸部をしっかりと温めた後に、優しく丁寧に拭く。眼脂がやわらかくなったら眼瞼周囲は、目頭から目尻に向けて優しく丁寧に拭く。
 口腔内ケアでは、手袋装着した指を口腔内に静かにさし入れて、凝血や喀痰・汚れの程度を確かめた後、口唇や口腔内の乾燥はワセリンで1時間ほど保湿した後、溶液(オキシドールと水の等分液100mlにネオステリン2~3滴を滴下したもの)に浸した歯ブラシ(ハミングッドH)で優しく磨いた後に、溶液に浸して絞ったガーゼで口腔内を傷つけないように細心の注意を払って拭く。私が「Bちゃん。終わりましたよ。きれいになりましたよ。ご協力ありがとうございました。」というとAさんは、穏やかな表情でじっと私を見ている。

 3)Aさんのご家族や同室患者のご家族への関わりについて 
 X-1年時、同室に70代の女性Cさんが入院された。日中は殆ど奥さんのベッドサイドに付き添っているご主人がAさんと私の様子をじっと見ていたようで「Aさんはあなたとだけ、お話ができるんですね。」と声をかけられた。(略)
 Aさんが声掛けに反応してくれることや、モーニングケアを通してAさんとの意思疎通・コミュニケーションが成立した看護過程、それらを振り返っての評価・考察を文章化することに取り組んでいると病棟師長に報告した。その後、師長と一緒にAさんのベッドサイドに行って師長がAさんに呼び掛けたところ、目の焦点が合うなどAさんの反応を直接確認でき、「本当にコミュニケーションがとれるのね。」と言った。

6.Aさんの看護をするための思考過程を記述してみた。
 (略)
  以上から捉えた対象特性と看護の方向性・看護のポイントについて次のように考えた。
 『どのような患者で、どのような看護が必要なケースと言えるか」
 (略)
 精神面:日々の生活に楽しみや生きがいを見出し、笑顔で過ごせるように援助する必要がある。快の刺激は腎血流量の確保と脳血流を促進させる。腎機能の悪化や脳・認知機能 低下の進行の防止を期待したい。できるだけこまめに、快の刺激を与え続け、その反応を見逃さないようにする。(対象のもてる力の観察・発見に努める。使わない機能は衰えていく。機能の維持・亢進のために働く機能は極力働かせる。)
 社会面:老年期は人生の最終章。本人にとっても、家族にとっても悔いが残らない人生の幕引きができてほしい。そのために、ご家族には楽しい思い出がたくさん残せるように、母親が喜びそうな声掛けを頻繁にしてもらう。

7. Aさんと関わってきて思うこと(看護の評価・考察)
 対象に三重の関心を注ぎ、立場の返還を繰り返しながら、対象の生命力の消耗を最小にするよう、意図的に患者に関わることがナイチンゲール看護論における看護の方法論であるという。そこで、Aさんへの『口腔ケアやコミュニケーション』を看護にするために三重の関心を注ぐとは、どうすることかについて考えてみた。

1) 対象に三重の関心を注ぐということをどのように考えたか?

 第一の関心:病気や治療と看護に関する専門的な関心(知的な関心)(対象に表れている事実の意味とその人のどのような生活の仕方が健康を害しているのかを掴む)
【1】腎機能の低下や唾液分泌低下、口呼吸による乾燥等で気道・肺の感染症や歯周病 等を引き起こしやすいため、口腔の清潔を保つ必要がある。
【2】長期臥床に伴う廃用性筋萎縮やコミュニケーション不足がコミュニケーションに障害を引き起こしていることも予測できる。残存機能の維持・拡大のために、積極的にAさんの持てる力を発揮させる必要がある。認知機能低下の進行防止のためにボディタッチや声掛けによるコミュニケーションで頻回に快の刺激をする。(人と関わる刺激が脳を活性化させる。「楽しい・嬉しい気持ち」はドーパミンの分泌量を増加させ、認知機能の低下や進行防止効果が期待できる)
【3】ドーパミンの分泌を促し、脳にいい刺激を与える。ストレスは認知機能の低下を招く。

 第二の関心:心のこもった温かな関心(その人の生活体験を観念的に追体験することによって、その人のその時の感情を感じ取る)
【1】周りの状況や対応に関しての思いや気持ちがあっても。伝えられないもどかしさや憤り、辛さがあるのではないかと思う。
【2】日々の生活は辛いことや苦痛が多い。瞬間でも苦痛や辛いことは忘れたいと思う。
【3】特に、家族とは互いの思いを伝えあいたいと思うのではないか。

 第三の関心:その患者の回復やケアに対する技術的・実践的な関心(対象の持てる力を信じて、看護者としての自分の力を差し出す)。快の刺激は脳に届く。持てる力を信じて快の刺激を続けていると患者は変化する。
【1】Aさんにとってできるだけ快適な洗面・口腔ケアになるように、苦痛や不快を与えないようにする。
【2】Aさんの持てる力を信じて、積極的にAさんが喜びそうな声掛けをし、小さな反応を見逃さない。Aさんの反応から、その感情を感じとり、気持ちが安定するように関わる。話し方によっては、相手に圧力をかけてしまうこともある。
  「~してください=指示・命令」
  「~しましょう=結果を求める」
  「~してみましょう=体験を誘う」等
 このような視点で実践した看護を評価・考察してみたいと思う。

2)顔の清拭と口腔ケアの評価・考察について 
【1】ケアの開始前・ケアの終了時に挨拶をする。
  「Bちゃん、おはようございます。今日もよろしくお願いします。」と声をかけると目を開けてじっと私を見たので「Bちゃん、起きてくれたの?ありがとう。今からお顔を拭きましょうね。」と言う。ケアの終了時には必ず「ご協力ありがとうございました。きれいになりましたよ。」と声をかけると穏やかな表情で「ウッ、ウッ、ウッ」と返事をしてくれる。
  この関わりの意味は
〈1〉頻回に愛称で呼び掛けている。対する看護師にも自然な笑顔が予想される。
〈2〉「よろしくお願いします」「ご協力ありがとうございました」「今からお顔を拭きましょうね」は、職業として援助する基本姿勢(相手を尊重し、看護者としての自分の力を差し出す)
〈3〉「おはようございます」と声をかけると目を開けてじっと見たので、「起きてくれたの?ありがとう」は、患者の反応を受け止め、また看護師の思いを伝えており、Aさんにとっては、自分の思いが伝わったことの嬉しさや安堵感・満足感がある。
〈4〉ケアの終了時の「きれいになりましたよ。」の声掛けに、穏やかな表情で「ウッ、ウッ、ウッ」と反応したことは、洗面と口腔ケアを受けての快適な体験と看護師の丁寧な対応がAさんの思いを表現させ、穏やかな表情を引き出したのではないかと思う。
 ケアの開始前・終了時の関わりに共通していることは、心に届くことを信じて、意識的に快の刺激をし続けたことと、小さな反応も見逃さず、Aさんの反応からその気持ちを察し、察したことを表現して相手に返し続けたことである。この関わりの姿勢(立場の変換を繰り返す)が、Aさんに人間らしさを取り戻させたのではないかと思う。伝えたいことが伝わらない時には生命力を消耗する。快の刺激や積極的な気持ちはドーパミンの分泌量を増加させ、運動機能や認知機能の低下進行の防止効果が期待できる。 
 このように看護実践の意味を考えてみたことで、これらは当初の「患者に関わる時に心掛けていること」として挙げていた「快の刺激は脳に届く。快の刺激を受け続けていると患者は変化する。意識がない人にも、心があることを信じて、その人の心に届くよう働きかける。」ということに重なっていることを再認識した。

【2】口腔ケアの実際についての考察
 指を口腔内に静かにさし入れて、凝血や喀痰・汚れの程度を確かめた後、口唇や口腔内の乾燥をワセリンで1時間ほど保湿した後、歯ブラシ(ハミングッドH)で優しく磨いた後に、溶液に浸して絞ったガーゼで口腔内を傷つけないよう細心の注意を払って拭く。 
 この対応の意味は、腎機能の低下や唾液分泌低下、口呼吸による乾燥等で気道・肺の感染症や歯周病等を引き起こしやすい状況にあるAさんにとって、口腔内の清潔を保つことは重要である。口腔内の状況を確認した後に、傷つけないよう、丁寧に、細心の注意を払ってのケアと看護師の笑顔での声掛けに、Aさんは穏やかな表情と「ウッ、ウッ、ウッ」の発生とで応えてくれている。」大切にされているという思いが心を動かし、発生するという意志と行動を引き起こし たのではないかと思われる。

【3】社会関係への関わりについての考察 
 (略)
 このように、看護をするためには、第一の関心を注ぎ、対象の身体面・精神面・社会関係に対象の生命力を消耗させていることは何かを探り、次に対象の立場に移って、その心情を察し、さらに看護者の立場に戻って、対象の身体面・精神面・社会関係を整えるために、看護の専門家としての知識と技術を使って看護になるように対応することが求められる。
 一連の看護過程を振り返って思うことは、スタッフ間でAさんに対する看護の方向性や情報を共有し、全員で関わることができていれば、もっと早くにAさんの持てる力を引き出すことができ(略)たのではないかと残念に思う。

8.おわりに
 医療者は緊急時や重篤な患者に対して、命を守ることだけに意識が集中してしまいがちになっていないだろうか。重篤な患者は自分を表現できないことも多いが、どのような状況にある患者であっても、感情も意思もあり、家族もいる一人の人間なのである。患者に反応がないから、伝わっていないのではない。伝えたくても表現できないのかもしれない。看護者がその反応を見落としているだけなのかもしれない。僅かな反応は見ようとしなければ見えない。患者の可能性を信じて、その人の持てる力を発見し、その力を最大限発揮できるよう関わり続けることが、健康回復を助ける看護の役割である。人間の様々な機能は使わなければ退化してしまう。看護者が患者の可能性を奪ってはならない。
 対象に第二の関心(心のこもった温かな関心)を注ぎ、立場の返還を繰り返しながら、対象の生命力の消耗を最小にするよう、意図的に患者に関わることで、緊急患者の命を守るために必要な治療・処置をするときであっても、人間としての尊厳を脅かさない関わりができる。そして改めて、患者への関わりを看護にするためには、対象の生命力の消耗を最小にするよう(患者が持てる力を最大限発揮できるよう)に意図的に患者に関わることが不可欠であると痛感した。
 薄井坦子先生の講義を受けて学んだことが、日々の仕事に活きていることを実感している。何をもって、患者に向き合えばいいかがわかるようになった。4つの柱(発達段階、県境障害の種類、健康の段階、生活家庭の特徴)から、患者に関わるために必要な情報を得ること。どこをどう見れば、今朝の口腔ケアや洗面をどうしたら良いかが判断できるようになった。また、必要と思った情報は夜勤看護師から得ている。
 今後も、関わっている患者に明日はどんな変化が起こるのかが楽しみであり、その嬉しい変化を心待ちにして、心を込めて一生懸命に関わっていきたいと考えている。

 付)筆者がこのレポートをまとめたいと思ったいきさつについて
【1】腎透析を受けている患者にとっての口腔ケアの意味
【2】人間に関わることの意味、声掛けの意味
【3】声掛けに対するAさんの反応の違い
 Aさんの反応を期待した声掛けは、相手の心に届くことを期待して、声掛けの内容や声の掛け方を工夫してあり、またそれに対する反応を見逃さない注意力が発揮される。
 Aさんの反応を期待しない声掛けは、あいさつや自分の行動の予告など自分の位置からの一方的な声掛けとなり、相手の反応は気にならない。このような対応は患者にも伝わ(略)る。